株式会社計画情報研究所

COLUMN

足(たる)を知る

自然を征服する西洋文明と自然と共生する東洋思想を比べ、「足(たる)を知る」ことの大事さを考えてみましょう。

文明崩壊の原因

現代に至るまでに、エジプト文明やインダス文明、マヤ文明など多くの文明が生まれ、そして滅亡しています。なぜ、文明は滅亡したのでしょうか。これについて、地理・歴史学者のジャレド・ダイアモンド氏は次のように述べています。

「文明崩壊の原因は人口爆発による環境破壊である。古代マヤ文明は増えた人口を支える燃料や建材のため森林を切り倒し、土壌流出を引き起こした。その結果、少ない農地をめぐって人々は争い、マヤ文明は滅亡したのである。」

同様にモアイ像で有名なイースター島についても言及しています。

「人間が住み始めた9世紀ごろ、島は亜熱帯性雨林におおわれていたが、18世紀には燃料や巨石を運ぶ資材にするため、すべての木が切り倒さてしまった。海鳥以外の鳥類や大きな動物も捕りすぎて絶滅し、土壌流出により農地も失われ、人々は飢餓に瀕した。人口増大と資源の浪費によって環境が破壊されたのである。」 その後、イースター島の住民は、「木がないため島から逃げ出す船も造れず、人々は食料を争い文明は自滅した。崩壊の末期には人肉食が横行していた。」

 これら文明の崩壊に共通するのは、人口爆発と環境破壊です。私たちは、地球という名の孤島に住んでいます。その中で地球環境を破壊しても、別の星に移り住むことはできないのです。イースター島の住民と同じ境遇にいます。
 2015年12月にフランス・パリで、気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が開催されました。長時間の議論の末、2020年以降の新しい温暖化対策の枠組みが、すべての国の合意のもとに策定されました。その実行が今後の大きな課題です。

現代文明の岐路

 現代の地球は、過去において崩壊した文明と同様に深刻な状況にあります。地球温暖化によって気候が変わり、風水害が発生し、農作物の凶作が生じています。また生態系の破壊により生物の絶滅が進んでいます。さらに化石燃料や鉱物資源が枯渇しつつあります。

 食料や資源が不足するとその獲得を目指して争いが起きます。現在でも経済危機、食糧危機から紛争が起こり、難民が生まれています。これはマヤ文明やイースター島の末期と同じです。どこまでも物質的な豊かさを求め、「あれも欲しい、これも欲しい」という現代文明の業の深さが、自分たちの生活に跳ね返ってきています。

 旧約聖書の「創世記」の中で、神は人間に対して「生めよ、ふえよ、地を満たせ、地を従えよ、海の魚、空の鳥、地を這うすべての生き物を支配せよ。」と告げています。人間は自然を支配する立場であることが聖書の最初に書かれているのです。同様にフランスの哲学者デカルトは「科学が発展すれば、人間は自然を奴隷のように支配できる」と考えました。

 西洋思想には、科学技術や知性を進歩させ、人間が自然を征服し、より安全・快適な環境を手に入れようという欲望が根本にあります。このような西洋の文明思想が破綻を迎えているのが、地球環境問題や地域紛争の脅威にさらされている現代なのです。

 この解決のためには、欲望を抑えて、「足を知る」仕組みを地球全体で作り上げるしかありません。実はこの手本が江戸時代の日本にありました。江戸時代の日本は、太陽と植物の恵みを生かした持続可能な循環型社会を実現していたのです。

江戸社会に学ぶ

 地球上の資源はすべて太陽エネルギーから生まれています。江戸時代の日本は、列島に降り注がれた太陽エネルギーを植物に変えて、リサイクル文化の極致に達していました。

 江戸時代の人々が使っていた衣食住に必要な製品は、ほとんどが植物からできていました。たとえば着物は、綿を栽培し、糸にして反物に仕上げます。新調の着物は古着になり、使えなくなるとオシメになり、ぞうきんに変わり、最後は焚き付けになります。燃やした灰は洗濯や肥料に使います。すべて完全に生かし切って、自然から生まれ、自然に帰していたのです。

 何も増えず減らず、廃棄物や大気や水の汚染も生じない究極のリサイクル国家だったのです。自然の恵みだけを使って、それを生かし切るということは、「人は自然の中に生かされている」という日本の精神文化が根底にあったと考えられます。

西洋思想から東洋思想へ

 日本は江戸時代のリサイクル国家から、明治維新をへて西洋型近代産業国家へと転換しました。殖産興業と富国強兵がなされ、西欧諸国と肩をならべることができました。その成果により、植民地となることを免れ、日本国とその古来の思想を残すことができました。

哲学者の梅原猛氏は日本人の自然観を次のように説明されています。

「人間が自然を征服できるという西洋の思想に対して、仏教の自然観は『草木国土悉皆成仏』の思想です。日本国土の3分の2は森で、神社には必ず森を残しています。」と述べています。またインドの古語サンスクリット語の「共生」は、「理想とする国・世界に人々と共に行く」という意味です。東洋では、人間も自然も同根であり、自然と共生する思想です。

 現代の資源消費、自然征服型の文明は限界に来ています。その文明への警鐘が、地球温暖化であり、子孫を脅かすところまで来ています。私たちは産業革命以来の現代文明を転換しなければなりません。文明の転換は思想の転換です。今こそ東洋的な自然観・世界観を大事にし、江戸時代に日本が実現していた自然の恵みを生かす持続可能な文明に転換する時期です。

 自然は征服するものではありません。私たちは自然の中で生かしていただいているのであり、「足(たる)を知る」ことが大事です。

(北原良彦)