株式会社計画情報研究所

COLUMN

金沢の未来をつなぐサステナブルツーリズム

はじめに

 2023年5月10日、金沢未来のまち創造館にて「サステナブルツーリズムセミナー」(共催:(株)こはく 、(株)計画情報研究所)を開催しました。本コラムでは、その内容をご紹介します。
 「サステナブル」は世界の旅行者のトレンドであり、またサステナブルであることが旅行先として選ばれる条件になりつつあります。でも、地域にとってのサステナブルなツーリズムとは何なのでしょうか。そして、私達は何から始めたらいいのでしょうか。
 今回のセミナーは、国内のサステナブルツーリズムの第一人者である高山傑さんをお迎えし、金沢でサステナブルツーリズムを進めるために、私たちができることについて学びました。

▲挨拶する(株)こはくの山田氏と安江
▲挨拶する(株)こはくの山田氏と安江

サステナブルツーリズム実践のための第一歩

サステナブルツーリズムとは何か、なぜ重要なのか?

高山 傑さん
▲高山 傑さん。(一社)JARTA代表理事。12年以上の海外滞在歴を経て80か国700都を訪問。持続可能な観光の国際基準の策定と審査における日本の第一人者。日本の美しさを次世代に継承するために奮闘している。観光庁持続可能な観光ガイドラインアドバイザー等も務めている。

 

 観光は「地域が抱えている問題の解決手段」であり、観光をどのように活用してまちづくりに活用するかという視点が重要です。ところが、目指すべき観光の目標として来訪者数や消費額といった「量」が注目されやすく、「量」を増やすための方針・施策に向きがちです。しかし近年地域に対して過剰な観光客が押し寄せてしまうオーバーツーリズムが問題となったように、「量」を重視した観光は、その地域の環境や文化、住民生活への悪影響をもたらしかねません。

 まちづくりのためには、ただ旅行者に来てもらいお金を消費してもらうことを目指すのではなく、地域の持続可能性を「文化」「社会経済」「環境」の3つの分野でマネジメントしつつ、旅行者にも地域への節度や配慮を重視してもらう「サステナブルツーリズム」が重要である、と明快に解説していただきました。 さらに続けて、世界観光機関(UNWTO)が、サステナブルツーリズムを「旅行者、産業、環境および地域コミュニティのニーズを満たしつつ、現在と将来にわたる経済・社会・環境への影響を十分に考慮した観光」と定義していることを引用し、「旅行者、産業、環境、そして地域コミュニティのニーズを満たすことはもちろんのこと、10年~20年の短いスパンではなく、100年後のまちづくりも考えて観光を推進することが重要」であると具体的なデータで提示してくれました。

旅行者の意識はサステナブルを重視する方向へ変化している

 Booking.comによる旅行者へのサステナブル・トラベルの意識調査によると、旅行者の旅行に対する意識が変化しています。

  • 世界的なサステナブル・トラベルへの意識の高まり

 日本の旅行者の73%、世界の旅行者の81%が「サステナブルな旅行は自身にとって重要である」と回答しており、世界的にサステナブル・トラベルに対する意識が高まっています。

  • 宿泊施設のサステナブルな取組への期待

 サステナブルな宿泊施設に滞在する旅行者は、普段のライフスタイルからエコを意識しており、宿泊施設にも「環境負荷を軽減」「地域に密着した体験を楽しむ」「コミュニティへの配慮がすぐれている」といった期待感を持って選んでいます。

 旅行者が旅行を計画する時に、どこに行きたいか、宿泊施設をどうするか、どんなアクティビティをしたいか、を考えますが、Booking.comでは、環境負荷の低い旅行をしたいニーズに対応し、宿泊施設のサステナビリティに関する詳細な取組内容が確認できるようになっています。つまり「サステナブルな旅行者を呼び込むためには、地域側からサステナブルな取組を推進していることを旅行者にPRすることがカギとなる」と高山さんは指摘しています。
 そのためにまず私たちができることとして、観光協会のWEBサイトなど、地域の宿泊、飲食、アクティビティの情報がまとまるポータルサイトにおいては、例えば宿泊施設のSDGsな取組を紹介する、飲食店を「地産地消」などサステナブルなキーワードで検索できるようにする、サステナブルを大切にする人たちは、自転車など低炭素なエコモビリティーでの移動が当たり前なので、低炭素移動のまちづくりを進める、といった例を挙げられました。

金沢の魅力を知ってもらうために私たちができること

 サステナブルを大切にする人たちは、ゆっくり移動し、長く滞在し、お金を落とし、かつマナーを守る、まさに来てほしい旅行者です。この旅行者のためにサステナブルな情報を発信し、地元のお店を使ってください、地元の商品を買ってくださいと伝えることは大切ですが、地域住民自身が地元のお店や商品を使っていなければ意味がありません。サステナブルを大切にする旅行者は、世界中の旅行先で良い事例を見てきているので、薄っぺらなサステナブルの取組には気づきます、と高山さんは断言。地域住民がプライドを持って、地元のお店や商品を使う。町並みをきれいにして大切にする。そうして初めて、サステナブルを大切にする旅行者は訪れたいと思うのだと。

 最後に、高山さんからのメッセージとして「観光のための地域づくりをするのではなく、地域のための観光となるよう、観光事業者、地域住民、行政のみんなが協力・連携し、一丸となって金沢を盛り上げる。そうすることで100年後も美しい金沢であってほしいと願っています。」とサステナブルツーリズムを始める第一歩を踏み出すための勇気が湧いてくるお言葉をいただきました。

セミナー全景
▲非常に密度の濃い高山さんの講演。参加者の皆さんは真剣に聞いていました。

ワークショップ ―金沢の観光を「サステナブル」の視点で見つめ直す

 セミナー後半は、5つのグループに分かれてワークショップを行いました。
 第1セッションでは、金沢の観光についてSWOT分析※を行い、各グループで金沢の強み・弱みなどを話し合いました。第2セッションでは、第1セッションの内容を踏まえて、金沢の「弱み」を「強み」に変えるためには、どのような「人」や「こと」が必要かについて、アイデアを出しあいました。
 短い時間でのセッションでしたが、グループ発表の一つ一つ高山さんがコメントをくださり、今の金沢に足りないもの、取り組むべきことが見えてきた非常に充実したセッションでした。

※SWOT分析とは、強み(Strength)・弱み(Weakness)・機会(Opportunity)・脅威(Threats)の4つの項目で整理し・多面的に分析する事業分析ツールです。

ワークショップ
▲各グループで活発に話し合い、多様な意見が飛び交いました。

第1セッション:金沢の観光のSWOT分析

 第1セッションのテーマは「金沢の観光のSWOT分析」。金沢の観光が置かれている現状を見つめ直し、時間をたっぷり使って真剣に話し合い、グループごとに発表しました。
 伝統文化、北陸新幹線でアクセスが良くなった、まちのりで巡れるコンパクトなまちである、といった「強み」がたくさん発表された一方、生物多様性へのフォーカスの弱さやインバウンドのデータ不足等の「弱み」も多く見つかりました。またインバウンドや北陸新幹線の敦賀延伸が今後の機会になりうると見出された一方で、伝統文化を守ってきた人々の高齢化、老舗の減少、温暖化による水産資源の減少といった脅威にもさらされていることがわかりました。
 高山さんは発表したグループそれぞれに丁寧にコメント。最後にSWOT分析の結果を総括し、金沢のサステナブルな観光まちづくりを進めるための課題と取り組むべきことを示してくださいました。

  • 失ってはならない「強み」への対策を

 まずどの班も強みとして挙がったのは「伝統工芸」「歴史」「文化」。しかし、少子高齢化に伴う跡継ぎ不足などが脅威であり、対策が急務である。

  • 「弱み」を「強み」に変えていこう

 ラグジュアリー向けに客単価を上げる、長期滞在にすることで高付加価値商品を作る、サステナブルの推進、公共交通のDX活用、ガイド育成など、弱みを克服するために予算をつけて対策していくことが大切。

  • サステナブルに力を入れよう

 能登をはじめ生物多様性が豊かな自然環境があるにも関わらず、観光において生物多様性への注目度が低く、サステナブルが強みではない状況。金沢がサステナブルを強みとして言える日が来てほしい。

ワークショップの解説コメント
▲高山さんによる解説・コメント。金沢でサステナブルな観光まちづくりを進めるためのヒントをたくさんいただきました。

第2セッション:「弱み」を「強み」に変えるために、どのような「人」「コト」が必要か

 第2セッションでは、第1セッションの結果を踏まえて、金沢の「弱み」を「強み」に変えるために必要な「人」や「コト」について各グループで話し合い、発表しました。高山さんからは、各グループから出たアイデアをより良く活かすためのアドバイスや観光まちづくりの視点からみた注意点のコメントをいただきました。

  • 旅行者に合わせてローカルな情報をチョイスしよう

 地元ならではのローカル情報は、色々な金沢の楽しみ方を旅行者に提案できるが、地元の人が大切にしている場所に旅行者が集まりすぎると住民の不満につながることに留意したい。情報の出し方のルール作りを行ったうえで、旅行者へローカルな情報を小出しすることで特別感を醸し出すことが大切。

  • 地域住民も自分ごととして捉えられる観光まちづくりを進めよう

 観光事業者と行政が観光まちづくりの主体だが、観光まちづくりを行う上で地域住民の視点も大切になる。例えば、観光まちづくりのKPIとして、地元の人に観光の満足度を尋ねることが多いが、それよりも、観光の取組への「支持度」を尋ねる方が、地元の人が観光を自分ごととして捉えた意見が出てくる。

  • 観光DXにはDMC・DMOの活躍が必要不可欠

 FAXや電話しか受付できない宿やお店があっても、旅行業を持つDMCが旅行者とのつなぎ役を担うことで、DX化を進めている地域もある。観光DXを進めるにはDMCやDMOが、細やかなところまで情報を網羅することが大切になる。

  • 職場を超えたつながりで、情報共有の仕組みをつくろう

 職場の垣根を超えたつながりを作ることはとても大切。例えば京都ではホテルコンシェルジュのグループがあり、お互いのホテルの情報を共有する仕組みがある。宿泊施設のサステナビリティの取組やバリアフリー対応など、観光事業者や地域住民が提供した情報が集まる窓口を作り、観光事業者同士で共有できると良い。

おわりに -金沢でできるサステナブルツーリズムとは

 コロナ禍以前は、北陸新幹線金沢開業も相まって、金沢市内にはインバウンドを含む多くの旅行者が訪れました。一方で地域住民の暮らしにとっては、ゴミ問題や騒音、市民の台所である近江町市場に足が遠のくなど負の影響をもたらした側面も現実です。そんな中、新型コロナウイルス感染症も落ち着き、客足が戻りつつある今だからこそ、金沢におけるサステナブルツーリズムに本格的に取り組む時期が来ています。
 地産地消を大切にした飲食店、プラスチックのアメニティを減らした宿泊施設、金沢の郷土料理体験など金沢のローカルな暮らしを垣間見るアクティビティなど、サステナブルな取組を行う観光事業者が増えています。また金沢市も、持続可能な観光の形として「金沢SDGsツーリズム 」を掲げ、金沢の楽しみ方として「金沢の自然と文化を知り、体験し、慈しむ旅」を旅行者に提案しています。
 しかし、高山さんが述べられていたように、サステナブルツーリズムは個人や行政だけでは実現できないものであり、観光事業者、地域住民、行政のみんなで協力して初めてできるものです。金沢に住む人・金沢の観光に関わる人が共通の価値観を持って連携し、100年後の金沢はこうありたい、という未来の姿をイメージしながら、同じ方向を向いてマネジメントしていくことが重要だと再認識させられました。

 今回のセミナーに参加された方々と連携しながら、金沢のサステナブルツーリズムを大きく前進させていきたいと思います。

(竹内)