株式会社計画情報研究所

COLUMN

山形 庄内の二つの建築にふれて

 先日、山形県庄内地方を訪れる機会があり、二つの建築、土門拳写真美術館、SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE を楽しんだ。

土門拳写真美術館

 土門拳は1909年(M42)、山形県飽海郡酒田町(現酒田市)に生まれ、5歳で東京に引っ越している。1974年、全作品約135,000点を酒田市に寄付したいと申し出た。作品の保存、展示には美術館が必要である。酒田市がそれに応じ1983年土門拳記念館(現在の土門拳写真美術館)が完成した。

 建築設計は谷口吉生、昨年末に亡くなられるまで美術館、博物館を中心に多くの建築作品を生み出した。父は建築家の谷口吉郎、金沢市出身である。谷口吉生のスタイルは正統派モダニズム建築であるが、個人や地域などの特殊性をこえて世界共通の様式へと向かおうとするインターナショナル・スタイルとは一線を画す。特に美術館/博物館建築においては、建築によって巧みに人の感性を引き出し、深い思索に導く力が抜きんでているのだ。そして、その力は練り上げられたサイトスペシフィックと、その地に積み重なったタイムスペシフィックの熟考から紡ぎ出されているものと思われる。

 土門拳写真美術館では、飯森山公園の一角から美術館に近づいていく中で徐々に建物が見えてくる。入口がどこか分かりにくいが勘を働かせて中に入る。じっくり写真を鑑賞し、外に出ると入ってきたほうと反対の方向に階段があり自然に上ってしまう。降りると池の外周路につながり鳥海山の頂が見える。その美しさを感じながら、池の周りを巡ると自然に脳が深い思考状態に入り込む。鑑賞という行為の準備、鑑賞への集中、そして思いを巡らせるための余白が実に滑らかに連続しているのである。同様の経験は鈴木大拙館を鑑賞した時も感じたものだ。

 鑑賞者の身体と建築をどのように結び付ければ、そのようになるのか。谷口吉生は「観客動線を変化する視覚の連鎖としてとらえること」の重要性を述べている。環境としての場所性・歴史性との関係をふまえ、外から内へ向かう視覚の連鎖、そして内部にいる際も意図的に外の風景を見せることによりほどよく視覚的隙間を生み出し、鑑賞すべき対象への集中力を高め、最後に大自然に視覚を戻す。その計算が見事である。私は池の周りを巡りながら「臼杵石仏群古園大日如来坐像左半面相」が頭から離れなかった。生の写真でなければ、あの大きさでなければ、そしてあの空間でなければ感じられなかったであろう衝撃。石の重みやテクスチャが伝わってきて、「現代における救済ってなんだろう」という思いが頭の中で逡巡する。考えれば考えるほどわからない。だけど思考する行為自体が愉しい。谷口吉生は鑑賞者のリテラシー能力を高めることができる稀有な建築家だと思う。

 

SUIDEN TERRASSE

 「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(ショウナイホテル スイデンテラス)」は2020年、鶴岡市に誕生した。建築デザインは坂茂。被災地支援の活動を献身的に行い、VAN(ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク ) プロジェクトを主宰する。令和6年能登半島地震においても珠洲市見附の木造仮設住宅、紙の仮設工房、瓦・古材回収プロジェクトと建築の側面から大きな貢献をされている。以前ノマディック美術館の発想に衝撃を受けた私は、2023年の奥能登国際芸術祭に合わせ坂茂が設計した潮騒レストランを訪ね、奥能登の風景の連続性を引き立てる外観と、内部の居心地の良さ、眺望の雄大さに感じ入るものが多かった。

 SUIDEN TERRASSEでの滞在を通じて感じた印象も類似点が多かったが、頭を整理してみると4つの循環を意識した建築プロジェクトのように思えてくる。まずはエコロジカルな循環。建築素材、エネルギー効率、地産地消。次に景観の循環。水田の持つ年単位の循環と呼応するように、その場所の景観の力を引き出し継承へと意識を向ける。そして文化の循環は本を媒体としたコミュニケーションである。近隣住民も立ち寄ることができるライブラリー。本の選定、展示方法が秀逸。そして経済の循環。建物自体にコストをかけすぎず、ちょうどよい居心地、満足感を与えてくれるため高い稼働率を実現している。隠れ家的につくられた宿泊者専用の読書スペースは魅惑的であり、旅の途中であるということを忘れて本を読み耽ってしまう。長期滞在したくなる、リピートしたくなる空間が高度なバランスで生まれている。

 坂茂は自らのデザイン理念を「プロブレムソルビングだと思います」と述べている。プロジェクト毎に土地や予算などいろいろな問題があり、それをデザインで解決するという思想だ。被災地支援からモニュメンタルな美術館の設計まで、それは一貫している。出発点はプロジェクトである。では SUIDEN TERRASSEのプロジェクトの発案者は誰か。株式会社SHONAI(前ヤマガタデザイン株式会社)、そして代表の山中大介の存在が大きい。ミッションは「地方の可能性を世界経済とつなぐ」であり、その内容を次のように述べている。「これからの地方には、特に、事業を通じて外貨を獲得する戦略が非常に重要となります。地方には世界から評価される価値の原石が眠る一方、それを商品/サービスとして具現化できている地域は非常に少ないと感じています。私たちは地方の可能性を掘り起こし、世界経済へとつなげ、地域が外貨を獲得するためのサービスを提供します。」事業成長領域を「観光・農業・人材」と位置づけ、長期的視野で「教育」にも取り組む。

 観光部門における現時点の主力拠点がSHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSEであり、農業、人材と深く結びついている。食のテーマは“Farm to Table”。私は夕食を鶴岡市街の小料理屋で頂いたため、朝食だけだったが、とにかく美味しい。毎回の地産地消率を明示(泊まった日は82%)し、料理法も一部伝統料理をアレンジしている。そして食材を調達するだけではなく「有機米デザイン株式会社(現、株式会社NEWGREEN)」を通じて自らが食材を提供する当事者となっている。農業のサスティナビリティが困難な状況を迎えた今日、食の提供者は、地産地消→生産者との契約、という段階を経て自らが生産者となり一次産業の成長にまで責任を持つ時代へと移り始めている。

 そして人材・教育。「オトナもコドモ コドモもオトナ」をコンセプトに本が揃っている。普段読めない大型の写真集や美術書を、のんびり眺めることもでき、最高である。ディレクションは有限会社BACH(代表はブックディレクターの幅允孝)が担当している。また教育施設「キッズドームソライ」の運営も先進的だ。

 このような地域価値創造というプロジェクトに共感し、様々な課題を建築側から解決しているのが坂茂なのである。

 株式会社SHONAIの唱える「地方には世界から評価される価値の原石が眠る一方、それを商品/サービスとして具現化できている地域は非常に少ない」という考え方は、ややもすると地域の文化を経済価値に置き換えて消費していく行為と取られかねない。しかし稼ぐことができなければ衰退が進むだけである。地域の持続性を考える際のリアリズム的発想だと思う。一方、その背景には日本の持つ美しさ、優れた特性を持続させたいというロマンチシズムがあるように思う。ロマンを隠し、リアルを表明する。それは滞在した実感からも思い起すことができる。コンセプトが練られている。ビジュアル・アイデンティティも高いレベル。そしてそれがオペレーションとしてきっちり具現化している。建築とロケーション、清潔感があり行き届いた空間、スタッフの対応、食の満足度、料金・・・それらが高いレベルで調和し、ちょうどよい宿泊/滞在空間を実現し、高い稼働率と収益を生んでいる。リアリズムとロマンチシズム、コンセプトとオペレーションが不断の努力で引き合い、張りつめることにより、実現しているのだと感じた

 SUIDEN TERRASSEのライブラリーで偶然手に取った『花森安治のデザイン』に、『暮らしの手帳』創刊号に掲載された彼の言葉があり印象的だった。

 美しいものは、いつの世でも
 お金やヒマとは関係がない
 みがかれた感覚と、
 まいにちの暮しへの、しっかりした眼と、
 そして絶えず努力する手だけが、
 一番うつくしいものを、いつも作り上げる
 (『美しい暮らしの手帖』Ⅰ世紀1号 1948年9月

 庄内で出会った二つの建築は、彼のいう美しいものだと思う。そして彼の一言によって、二つの建築が持つ、深さ、豊かさの本質が見え隠れしたように感じることができた。

(米田)