スタッフコラム

「幸」と「福」

私は初詣で、「家内安全」「企業繁栄」という幸福を祈りました。みなさんの中でも、新年を迎えて、初詣にいかれた方も多いでしょう。そこでは家内安全や大願成就など一年の「幸福」を祈ります。「幸福」は熟語で使うことが多いのですが、実は「幸」と「福」とは意味が違います。その意味の違いと「幸福」について考えてみましょう。(北原 良彦)

 

「幸」とは

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「幸」の字源は、手錠(手枷)をされた状態を描いた図形です。手枷をされたら幸せ?この字が何故、しあわせと言う意味になるのか、言語学者も悩むようです。『漢字語源語義辞典』(加納喜光著)によると、「幸」は枠にはめる、枠から逃れるという深層イメージがあり、はめられた枠から逃れようと望む、まぐれ的な幸運(僥倖)を求めるという意味があるそうです。ここから転じて、かなわぬ願いを得たことによるしあわせとなります。

「幸」は、偶然の幸運、まぐれ的な幸運で、天から降ってくる与えられた「しあわせ」を意味します。他から与えられる、どちらかというと他力的な「しあわせ」です。英語で言えば、fluke (フロック=まぐれ、思いがけずうまくいく)やluck (ラック=幸運)に近い意味を持つ漢字です。

 

「福」とは

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「福」のつくり「畐」(ふく)は、腹のふくれた徳利状の器を描いた図形です。「福」は、丸くふくれる、いっぱい満ちるというイメージから、さいわい、しあわせの意味があります。外面に視点を置けば「ふくれる」、内面に視点を置けば「いっぱい満ちる」というイメージです。(出典『漢字語源語義辞典』)
 
「福」は行為を行う能動的なイメージがあります。自分から求める、自分が努力して得る「しあわせ」のイメージです。どちらかというと自力的な「しあわせ」です。英語で言えば、happiness(ハッピィネス=幸福、満足)となるでしょう。
 

私の「幸福」

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まぐれで良いことがあるとうれしいですね。思わず「ラッキー!」と叫んでしまいます。しかし、まぐれ的な「幸」も幸せと感じなければ幸せではないでしょう。仕事や日常生活を送りながら、幸せやありがたさを感じることは、とても大事なことです。日常の中では、いやなことや不幸と感じることは多々あります。それもまた試練で、その後に「ラッキーがあるさ」と考えれば、何事も幸せにつながっていきます。
 

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また、自分で努力して「福」をつかみ取れば、こんなうれしいことはありません。努力して「ハッピー」を得られれば、「やった~!」という達成感があります。しかしその福は、決して自分一人で得られたのではありません。まわりの助けや支えがなければ福は得られません。福が得られたら、まわりに感謝する。そして自分の福がまわりの人にも福をもたらすことができれば、皆がハッピーになります。

 能動的に「福」を求めて活動しながら、受動的な「幸」に感謝する、こんな「幸福」な一年にしたいという初詣の願いでした。

2018年1月 9日 11:46