スタッフコラム

トークイベント その2 課題を解決できる計画とは

これからの社会的な課題を解決する計画とは

米田

 本論にフォーカスしていきたいと思います。これからの時代の課題を解決できる計画とは何か。都市マスタープランのような全国一律の計画が相対的に力を失う一方で、小さくとも成功体験となる、トライ・アンド・エラーで取り組むプロジェクトがまちを変えている状況もみられます。一方、地域社会の中で筋の通ったしっかりした大きな視点がなければ、地域の発展は限定的となる場合もあります。市民と距離感の近い森山さんから問題提起をいただけますか。

森山

 最近手掛けたもので、私自身が一番楽しく取組むことができ、計画がこんなふうにできたらいいなと思ったプロジェクトを紹介します。

 昨年10月に御祓川大学を作りました。建物自体は商店街の銀行跡地をリノベーションしたものですが、その中身をどうするかについて、あえて私が計画しない方法でやってみました。計画を学生たちに委ね、子どもを含むまちの人たちを巻き込み、この場所をどうすればよいか一緒に考えながら中身を作っていきました。

 この建物の存在を偶然知り建築物の状態や権利関係を調べていくうちに、私自身プランニングに対し筆が重くなりました。経験があればより良い計画が立てられるわけではなく、制約条件に対する認識が強くなり、自由に計画を描けない状態でした。それで、まっさらな状態の人に考えてもらいたい思いが、学生と一緒に始めた理由でした。

 当時立ち上げた「能登留学」という長期実践型インターンシップの学生に、プランを担当してもらいました。彼らが立てた事業計画を基に、資金計画を立案し銀行に説明に行くなど、実践的な形で携わってもらいました。実際に作っていくときにも、まちの人や学生に参加してもらい進めていきました。資金調達も学生が主体となってクラウドファンディングで集めました。計画を進めていくこと自体が、インターン生にとってのまちづくりの学びの場になるようにしました。計画しないということを計画したのです。七尾市の一本杉通りに「banco」という名前でオープンし、来月で1年たちます。「banco」ができたことで、この1年でさらにいろいろなことが起こっています。

 株式会社御祓川は、計画情報研究所を含め地元の方々に出資していただいて、腹をくくってつくった民間まちづくり会社です。まちづくりには「まちづくり会社型」と「ワークショップ型」の2タイプがあって、御祓川は「まちづくり会社型」です。主体が明確なため、スピード感をもってダイナミックな事業展開ができます。それとは違い、皆さんが自由に、やりたいことをする場として「banco」ができました。「まちづくり会社型」と「ワークショップ型」は、どちらも必要です。私は計画情報研究所に入るとき、「市民参加をやりたいんです」と入社試験で言ったほど、参加して計画を立てることがいいに違いないと信念を持っていました。ところが、実際に計画に携わると、そうでもない場面があるのです。「まちづくり会社型」できちんと腹をくくった人たちがリスクを負ってやることが必要とされる場面があります。一方、まちづくり会社だけでは、まちの人たちは離れていきます。そのせめぎ合いの中で「両方が必要!」との結論に至っています。

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 これまでの解決方法は、現状把握し、方針を決め、管理計画を立て、実施、評価するという過程をプロとして取り組んできたわけですが、これだと問題があります。一つは、計画期間が長いので、計画した時点と実行する時点の社会状況が大きく変わってしまうこと。もう一つは、前提が変わってしまえば計画自体が役に立たなくなるということです。変化を前提にするしかないと最近は考えています。
 今までの計画は、最初にきちんと絵図を示しポイントを通っていけばゴールにたどり着くオリエンテーリング型でしたが、最近の計画はサーフィン型で、次にどんな波が来るか分からない状態で、来た波に対応して体勢を立て直すプランが多くなっています。最近はPDCAよりもTEFCAS(Try、Event、Feedback、Check、Adjust、Success)がお勧めだといわれるのはそのためで、試しにまずやってみて、計画自体をブラッシュアップしていくように、アプローチ自体が変わってきていると感じています。

米田

 森山さんは地域の主体づくりにご尽力されているとともに、最近の変化のスピードに対応するために新しい方法を模索されています。この点に関しても後程議論を深めたいと思います。次に、金井さんから総合的な視点でお願いできますか。

金井

 森山さんがおっしゃったように、人づくりの態勢は非常に大事だと思います。岩手県遠野市で「遠野みらい創りカレッジ」という学校を開いています。実際に現地で活動しながら、勉強も研究も発表もします。高校生が3年間で現場のプロから学び、研究テーマを解決し、最終的に発表を行います。地域で人が定着していくためにはそういうことが必要だと思います。本日は、計画情報研究所の今後の方針を補強する視点を6点考えてきました。
 一つ目は、計画の「実践・事業化・地域経営・持続的発展」に言及した提案をすることです。計画を作って終わりではなく、地域で実践し、事業化し、地域経営を行い、持続的に発展するという保証までなければ、計画ではありません。

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 二つ目は、関係者全員が喜びを共有できる態勢づくりをすることです。関係者みんなが喜ぶ仕組みをつくることで、問題に対する知恵を集める場が生まれます。

 三つ目は、地域の状況や背景を理解し対応の方針を提案することです。30年前と同じことをやっていては全く駄目で、ホップステップジャンプの次のハイジャンプをどうするか、その答えが必要だと思います。

 それから四つ目、やはり地域の将来が見えなければ誰もついて来ません。30年前に農業の問題について考えたときにそう思いました。京都府で経験したことですが、農業を担当する国の官僚に展望がないのです。そこで、審議会に参加し、将来像を出し、そのために何ができるのかを考え、過去を見て未来をつくっていく活動に取り組みました。

 五つ目は、コンサルタントの態勢です。計画技術論については言いませんが、組織を改革しなければならないと思います。今の会社に勤めて46年になります。そのうち41年間は経営者で、現在は相談役を務めています。今の社長は4代目ですが、各技術者の専門性を把握し、総合化して、社会や地域の問題に取り組んでいるため組織が機能しています。そうすることで、激務ですが、苦しいわけではなく、楽しいのですね。そういう状況で50年を迎えようとしています。若い人に委ねる方法が森山さんの話にありましたが、それを実践すれば、ものすごく大きな力が湧いてきます。

 六つ目、今は情報化社会ですので、全国の取組事例があらゆるところで代用できると思います。そこからより踏み込んで、地域の状況に適応した答えを出していければいいのではないでしょうか。

 最初に戻って整理します。現地を重視し、総合性、専門能力を発揮して、さらに次の段階はどうなのかを明確に提示していかないと、楽しいと感じるときにどの工程が関係しているのか、答えが出ません。一番難しいのは、合意しなければならないことです。大阪の吹田で再開発に携わったとき、900人ほどの地権者の中で、一番難しい人から説得しました。そうすれば後は簡単です。そういう順序や仕組みが大事で、簡単な方からやっていくと最後に詰まってしまいます。ステップをきっちり展開していくことが非常に大事です。その後に分かりやすいイメージを示していかないと、誰もついてきません。そのためには、図化やマップ化により情報発信することが非常に大事だと思います。

 時代の変化に関し特に着目すべき点は、情報革命が非常に早く展開していることです。情報革命は脳科学革命と並行していて、人間の全てのことに展開しています。そのため、内部の仕事が増えているのです。観光も仕事が増えています。確かに経済が弱いので収入は減っていますが、地域で商品を作り、流通させる経済システムを作っていくことが必要だと思います。50年前には750万円ぐらいのコンサルタント業務は、今では250万~300万円になっており概ね3分の1です。そのような環境で仕事をするのは非常に難しいです。従って、協力体制が必要であり、行政との連携も非常に大事ではないかと思います。

 また、成功した姿を描いて、高い立場から問題を設定することで見えてくることがあります。人間は失敗を成功に結び付ける能力を持っています。一番大事なのは組織運営です。30年前にもバブルがあり、今もまた財政や予算のバブルがあります。その中で技術者が地域・事業の運営に責任を持たない限り、地域や事業は育ちません。

米田

 コンサルタントとして取り組むべき要点を総合的にお話しいただき、考えさせられる内容がたくさんありました。単に組織の中だけのつながりではなく、外のつながりをどう作るかという課題は重要なご指摘です。その点に関し、関係者の巻き込みが上手な京田さんから、お話しいただけますか。

京田

 ちょうどその話をできればいいなと思っていました。行政がコンサルタントに仕事をお願いすると、立場としては発注者と受注者になるのですが、そこに線を引いて「さあ仕事を出したのだから、しっかりやれよ」では駄目だと思うのです。

 私が仕事をお願いするときは、課長になっても部長になっても、自分たちの足りないところを教えてもらって、職員を育ててほしいということをまずお願いしました。職員が育てば、次は自分たちで考える力が付きます。それを行わず放っておくと、職員は発注業務だけをやって、出来上がってくるのを待つだけです。そうなると事務職員でもいいということになり、なぜ行政に技術職員がいるのかという話になります。行政もコンサルタントも一緒になって、あるいは大学の先生方にも入っていただいて、いろいろな形で自分たちが持っていない知識をどう吸収していくかが非常に大事だと思います。

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 私もかつては公園技術者でしたが、今は公園の設計をしていれば、それでよい時代ではありません。例えば富山市は、まちなかの街区公園で野菜を作る取組を進めています。最初にそれを言い出したとき、公園緑地課の職員は「公園で野菜を作って、自分たちで食べるなんて駄目ですよ。公園の樹木はそもそも伐採しちゃいけませんから」という話になるのです(一同笑)。

 確かに条例では公園の草木を勝手にむしるなとは書いてありますが、法令に書いてあるから駄目ではなくて、世の中がどう変わっているかを見なければいけません。まちなかに子どもがいなくなって、児童公園が街区公園という名前に変わり、高齢者ばかりになって、その高齢者も「なぜ、ボランティアで草むしりをしなきゃいけないの。もう嫌だよ」と言っているときに、「せめて野菜を作って、みんなで食べたらどうですか」と提案すれば、高齢者と子どもたちが一緒に活動でき、地域のソーシャルキャピタル、絆が深まる機会になります。そのようなことを考えて、公園に役割として何を与えるかを決めていくのが我々の仕事だと思っています。

 そのためには、公園の技術者だから公園の設計ができるだけでは駄目で、今、世の中はどうなっているのか、まちにはどんな人が住んでいて、どこでどんな人が何を考えているのかということを常に吸収しなければいけません。それは、住民だけでなく、商店街の商店主は何を考えているのか、農業者は何に困っているのか、そういうことを皮膚感覚で持っていないと、仕事ができない時代になっていると思います。それは、行政職員も、コンサルタントも、同じだと思います。

 自分で全方向を知りたいのですが、とても無理ですから、それぞれの得意分野を持ち寄ってプロジェクトチームを作り、気軽に例えば「北原さん、ちょっとこんなのどう思う」と電話できるような関係を、うまく作っていけるとよいのではないかと思います。


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米田

 問題が複雑化し、社会の変化が早くなっている中、自分たちだけで解決しようと思ってもできない、私たちコンサルタントだけの力で提案しようと思ってもできない時代になっていると思います。金井さんから外とのつながりという話があり、京田さんや森山さんからも主体間のつながりという話がありました。そこに私たちがどうコミットできるのか、単に計画という紙に書くものだけでなく、その中での人間同士のつながりを深めていかないと、問題を解決できない時代になっています。

金井

 森山さんにお聞きしたいのですが、私が50年前にコンサルタントを始めたときは、技術者は9年の間に技術力を付けろという「9年ルール」がありました。最初の3年は先輩を見習って力を付け、次の3年は見習いながら自分も主体的に仕事をし、あとの3年は責任を持って仕事をする。こうして9年で一人前になったのですが、近頃はどうも「3年ルール」のようです。

 御祓川大学では、インターンシップを2週間や1カ月ではなく、もう少し長い期間で行っていると聞きました。そういうことができれば、展開が良くなるし、地域再生にも役立つと思いますので、その辺の考え方を教えてもらえたらと思います。

森山

 御祓川大学でやっているインターンシップをご存じない方もいらっしゃると思うので説明すると、基本は1期6カ月です。長くても2週間のインターンが多い中、半年というハードルを設けているのは、自分で仮説を立て、それを実行し、振り返るところまでを一回ししてみるところを重視しているからです。インターンとして働いている会社の経営課題や取り組もうとしている課題に携わることは、学生にとっては成長に向けてのオリジナルの体験になります。企業にとっても、問題認識には肌感覚があるものの、対策は常に仮説から始まり、やってみないと分からないことが多いため、社員を雇うのはリスクが高いので、経験はないけれどやる気のある学生と一緒に取り組めば、人材育成の部分とTEFCASのTryの部分がうまく合致すると考えています。

 京田さんの公園の話と同様、世の中にあるいろいろなものを再定義し直さなければならない部分があると思います。それは個々の会社においても同様であり、今まで当たり前だと思っていたものを一度疑って再定義することが今の時代に強く求められています。早く移ろい過ぎ、正解もないみたいなところに、この社会は来ているなと思います。

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 そのような社会において、計画情報研究所の経営理念にある「残すべき思想」とは何なのか、問題提起として皆さんで考えたいと思います。

米田

 富山市ではコンパクトシティという思想が生まれています。実践の部分も大事ですが、思想的な部分も共有する必要があります。単に誰かが唱えるだけでは思想にはなりません。富山市のコンパクトシティ政策は、内容は難しいが市民が合意しているという不思議なところがあり、その秘訣は今後の計画にとって重要かと思います。

京田

 富山型コンパクトシティは評価を頂いていますが、最初、市長や副市長からコンパクトシティを職員で考えるように言われたとき、さっぱり分かりませんでした。車に乗ると排気ガスが出ると言っても心に訴えてくるものがないし、まちなかの店で買い物をしないと廃れて大変だと言っても買う物もないという感じでした。海外の事例なども含めて勉強していると、何となくコンパクトシティが必要だということが少しずつ分かってきたのです。それを市民にどう広げるかというときに、決め手は路面電車や、グランドプラザでした。コンパクトシティという非常に概念的な分かりにくいものを、市長はタウンミーティングに行って必要性を訴え、そのために電車を走らせます、広場を作りますと言ったのです。そうすると市民はライトレールというお洒落な電車がコンパクトシティなのだ、グランドプラザという広場がコンパクトシティなのだという理解が進み、結果的にそれが3年で完成し、電車には人がいっぱい乗っているし、広場には人がいっぱい集まってにぎわっていて、「ああ、これがコンパクトシティか。なかなかいいじゃないか」ということになったのです。コンパクトシティが電車であったり、広場であったり目に見えるものに変わって、市民がみんなで拍手してくれたのだと思います。当時はそのためにと思って取組んでいたわけではないのですが、今になって考えると非常にうまくいったと思います。

米田

 金井さんからも、どのように考え方を共有していくかという問題提起がありましたが、市民や実践している方々など多くの主体とビジョンを共有しながら、実際のプロジェクトを動かし、関係者同士がつながっていかないと、地域社会はうまく回らないと思います。富山市の話でも3年という話がありました。あまり長過ぎても理解してもらえないし、短期のことだけでは大きなことができません。そのあたりのバランスや主体同士のつながりも非常に大事だということが見えてきたと思います。

その3に続く

2017年8月18日 10:54