スタッフコラム

りんごの味の伝え方

リンゴを見たことも味わったことがない人に、リンゴについて言葉で伝えることはできるのでしょうか。
 
「リンゴとは、木になる果物で、直径10センチぐらい、表面は赤く丸い形で、切るとクリーム色の果肉があり、歯触りは、しっかりとして噛みごたえがあり、味は甘みと酸味が程よく混じって・・・」のような表現になるでしょうか。見たり食べたりしたことがない人に伝えるのは、大変難しいことです。
 
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リンゴのような実物があるものであれば、写真を見せ、実際に味わってもらうことにより、伝えることができます。リンゴという言葉と実物を合致させることができます。しかし、概念を表す単語、たとえば、「愛、苦しみ、幸せ」などは人によって意味することが異なります。「美しい、大きい、素晴らしい。」などの形容詞も同様です。
私たちは、日常的な会話や読書などで、言葉を使って意思疎通をしていますが、それは正確にできているのでしょうか。ここでは、言葉の意義や力について考えてみます。
(北原)
 

言葉と世界観

言葉と事物や概念の対応関係ついて、先人は何と言っているでしょうか。
 
スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールは、言語を記号の体系と規定し、概念が言葉と表裏一体となったものとしました。言葉によって表現されることによって、固有の価値や事物、概念が現れてくるのです。そして民族によって言語が異なることにより、各民族は相互に異なる固有の世界観を持つ、ということを提唱しました。
 
民族が異なり、言葉の概念が違うと世界観や人間観が異なります。世界各地で起こっている紛争は、愛、平和、幸せ、憎しみ、復讐などの言葉、概念が異なることによって生じているとも考えることができます。言葉によって思考形態や民族意識が異なるのです。
民族が近ければ、考え方の基本は似ていますから、誤解は少なくなります。「ふじ」という種類のリンゴを食べたことがある人に、「紅玉」リンゴを説明することは比較的簡単です。しかしリンゴを食べたことがない人にリンゴの味を説明することは簡単ではありません。
 
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同じ日本人同士であっても、年齢層によって持っている言葉の概念が異なる、ということがあります。たとえば、「ヤバイ」と聞くと私は悪い印象を持ちます。「それはヤバイ」と聞くと、物事がうまく進まなくて、困った状態をイメージします。「ヤバイ」を「凄い。素敵だ。」と感じることはできません。近年の解釈として、良いイメージがあると知って、頭の中で転換し、「良いことを言っているのかな?」と判断します。
 
このように言葉を事物との対応関係は、民族間でも個人間でも異なります。言葉から感じるイメージ、さらには人間観や世界観までも異なります。また味や概念を伝えるように、言葉で表現できないようなことを言葉で表現して伝えることも必要となります。これらのことを理解し、解釈の違いを極力少なくして、言葉を使う必要があります。不完全でも言葉がないと伝えられず、言葉で真意が100%伝わっているのではない、ということが前提になっているのです。
 
また、もう一つの見方をすると、言葉から受ける解釈が異なることによって、議論ができるということになります。同じ物事に対する異なる見解が発想の源になり、新たなことを生み出すのです。発想の転換や新しい物事の創造は、言葉とイメージのギャップから生まれるとも言えるでしょう。
 
言葉の意味の違いによって、論争や戦争になるか、新たな創造となるか。言葉の使い方の結果は、私たちの考え方一つで大きく変わります。
 

言葉の究極「俳句」

 私たちの日常生活や仕事は、言葉なくして成り立ちません。日本には俳句がありますが、言葉から引き出されるイメージの世界の究極が十七文字の俳句です。
 
松尾芭蕉の名句に
「夏草や兵共(つはものども)がゆめの跡」
があります。源義経や藤原一族の栄華も一時の夢と終わったことを、毎年繰り返し繁茂する夏草の情景に重ねて詠んでいます。この句には二つの別句があります。
「夏草や兵共(つはものども)が夢の跡」
「なつ草や兵(つはもの)どもの夢の跡」
 
この三つを比較すると文言はほとんど変わりません。漢字とひらかな、助詞の違いだけですが、最初の句が名句と言われています。
 
同じ文言で、同じ音であっても漢字やかなの組み合わせによって受け取るイメージが大きく異なります。さらに日本語には、漢字、ひらかな、カタカナがあり、楷書や草書という字体の違いもあります。
 
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漢字は意味を持ち、音としてではなく、形としてもイメージを伝えます。言葉を音として聞くこと、文字として見ることだけでなく、イメージを感じることができます。記号としての言葉を多彩に表現できます。このように日本語の表現力は素晴らしいものがあり、私たちはそれを磨く必要があります。
(俳句引用:『新編日本古典文学全集70 松尾芭蕉集①』より)
 

言葉の大切さ

私たちは職業上の特性として、キャッチフレーズを作ったり、コンセプトを文字で表現したりすることが多くあります。その際、写真や図など言葉以外のイメージによる表現も可能であり、俳句よりも多彩な表現方法を持っています。しかし、最終的には言葉で伝えなければなりません。言語表現が稚拙ですと顧客や世間の人に考えていることを正しく伝えることができません。
 
言葉の特質や限界を知り、そして日本語による表現力の素晴らしさを知って、言葉を磨く必要があります。そして私たちの発想・考え方・思想をわかりやすく、誤解のないように社会に発信し、その発信がプラスの創造力になるようにしたいものです。
(このコラムを書きながら、言葉の表現の難しさをつくづく感じた私でした。)
 

2015年1月18日 16:52