スタッフコラム

官民連携の先駆け・・・能登食祭市場

能登食祭市場は石川県七尾市七尾港の元フェリー乗り場に平成3年9月にオープンしました。能登の海産物などを販売する「能登生鮮市場」、能登の「銘産工芸館」、「浜焼きコーナー」などの飲食施設、イベント空間である「モントレーホール・ミュージアム」、観光船の発着場等からなります。延べ床面積約5000㎡、総事業費は、15.5億円、年間約80万人が訪れ、約10億円の売上げがある七尾市内の代表的な観光交流施設です。

設立当初から携わった者として、誕生の背景や整備効果、今後の展開について紹介します。

(北原)

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   能登食祭市場全景
 


誕生の経緯

七尾市は、金沢市の北東約60kmの能登半島の中央部に位置します。人口は約6万人で丘陵地と海に囲まれ、加賀藩初代藩主前田利家の居城も一時あった城下町です。天然の良港七尾湾を有し、古来より大陸との交易拠点であり、また能登国分寺が設置されるなど、能登半島の中心都市でした。

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   七尾市位置図(Yahoo地図より)

 

昭和期も戦前戦後は港湾、商業機能を中心に大きく発展しましたが、1970年代に主力港湾産業の不振、新興企業の流出、高速交通網からの乖離と商圏の急速な衰えなどから、卸売、小売業などの都市機能が失われてきました。

このような現状に危機感を抱いた七尾青年会議所などの市民団体が、1986年に「七尾マリンシティ構想」を提唱し、行政と一体になって、七尾のまちづくりを推進してきました。このまちづくりの先駆けとなったのが、この能登食祭市場です。

七尾マリンシティ構想の理念は「我々も子孫も楽しく幸せに住めるまちをつくろう」です。そのまちづくりの目標として、港で栄えた七尾をもう一度、港から再生の糸口をつかみ、にぎわいを市街地に波及させようと考えたのです。そのためにアメリカの西海岸のモントレー市や国内外の多くの先進的都市を訪れました。

モントレー市のフィッシャーマンズワーフを視察した時、「これだ!」となりました。モントレー市は周辺部を合わせても人口は5万人程度。漁業で栄えましたが、いわしが捕れなくなり、一気に衰退の道をたどったのです。その衰退を食い止めるために観光交流やイベント開催でまちを立て直しました。ちなみに映画「エデンの東」はモントレー市周辺が舞台です。

七尾市と同規模で衰退から立ち直ったモントレー市をお手本に、集客交流の拠点として能登食祭市場を建設することになりました。


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アメリカ・モントレー市のフィッシャーマンズワーフ

 

官民連携の先駆け

能登食祭市場は官民連携の先駆けでした。これを施設整備と集客活動の視点から見てみましょう。

まず、施設整備です。建設・運営主体は、㈱香島津という第3セクターです。資本金は、石川県、七尾市や周辺町などの行政機関、金融機関、そして地元企業や市民団体からも出資を募りました。建物の敷地は七尾市から低額で借り受け、周辺整備は石川県などから協力を得ています。当時の運輸省の民活法港湾部門で国内第1号の施設です。会社運営は、民間主導、独立採算で行っています。隣接するマリンパーク(平成14年完成)や中心市街地と港を結ぶ御祓川大通り(平成22年完成)などは石川県や七尾市が事業主体として整備しました。

集客活動として、大きなイベントは能登食祭市場の建設前から民間主導で開催された「能登国際テント村」があります。能登食祭市場のイメージと七尾港の再生によるまちづくり運動を広く市民に理解してもらうことを目的として、平成元年より平成17年まで開催されました。能登の祭り、海のイベント、食のイベントなど多彩なイベントがゴールデンウィークに行われ、毎年10万人以上の人を集めました。
 

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 能登国際テント村(能登国際テント村実行委員会より)

また、アメリカ・カリフォルニア州・モントレー市との交流から、「モントレー・ジャズ・フェスティバルin能登」を誘致しました。民間の実行委員会が主体となり、平成元年より現在まで25回連続で開催しています。これは日本のジャズフェスティバルとしては最長のものです。その他、能登食祭市場主催のイベントも数多く開催されています。

さらに中心市街地でも彫刻家が集う石彫シンポジュームやかおりフェスティバルなど数多くのイベントが民間主導で開催されました。

まとめると、施設整備は官民の事業を効果的に組み合わせ、集客交流活動は民間が力を発揮しているといえます。

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能登食祭市場横のマリンパークで開催されるモントレー・ジャズ・フェスティバル
(モントレー・ジャズ・フェスティバル実行委員会より)

 

能登食祭市場の効果と要因

 能登食祭市場の整備効果は次のような点があげられます。

①地域産業の発展
まずテナントや直営店での仕入れによる直接効果があります。能登食祭市場では、七尾・能登地区の納入業者が約80%を占め、また能登食祭市場だけで約110名の雇用があます。また、行政機関の出資が34%を占める第3セクターでありながら、黒字経営を続けています。

能登食祭市場の来場者の半数以上は七尾周辺の住民です。七尾駅周辺の商業施設、ホテル、飲食施設などの二つの再開発事業及び能登食祭市場と七尾駅前を結ぶ御祓川大通りの完成と相まって、新たな人の流れが生まれました。この人の流れは市街地の商店街にも波及しています。

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  地元の海産物店が主として出店

②観光産業の創出
能登食祭市場の開業前は、七尾市内に観光客が来ることがほとんどありませんでした。現在では、観光拠点として認知され、観光客が訪れるだけでなく、ここを拠点として中心市街地への観光客の流入も増加しています。さらに土産品や工芸品の販売、特産品のアンテナショップなどとして活用されています。

③地域住民の参画
一千年の歴史を持つ国指定重要無形文化財「青柏祭」の「デカ山」が、平成4年から開催日をゴールデンウィークに変更し、運行コースも能登食祭市場前に集結するよう変更されました。伝統ある祭りの変更は歴史的なことですが、祭の主催者の理解があってこその出来事です。

また、「七尾港まつり」や「モントレー・ジャズ・フェスティバル」も隣接地で開催されるなど、大きな集客拠点になっています。能登食祭市場がイベントによる集客の核となり市街地への波及に大きな役割を果たしています。そして地域住民の楽しみの場となっているだけでなく、地域住民自らが主体となって開催するイベントも増加しています。

このような効果の要因は何でしょうか。時代背景や個店の努力という側面も見逃せませんが、大きな要因として、上手な官民連携があげられます。能登食祭市場の整備について、民間がアイデアとお金を出し、イベントなどで汗をかきながら実現しました。官側も様々な出資や支援制度で民間を支えました。平成元年当時は官民連携という言葉はありませんでしたが、まさしく官民が手を携えて事業を進めてきたといえるでしょう。決して、もたれ合うことなく、黒字化と集客のために双方が緊張感を持って事業運営をしています。
 

今後の展開

開業20周年を契機にテラスの設置や店舗の再配置、店内導線の改善などを行いました。さらにモントレーホールの設置により、音楽ライブやイベント空間が拡充しました。このようなハード施設の改築とともに個店の品揃えの充実、集客活動の向上が求められます。

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  左:新設したテラス / 右:モントレーホール・ミュージアム

また、東海北陸自動車道(能越自動車道)の七尾までの開通(平成27年3月予定)は機会にも脅威にもなります。岐阜、名古屋方面と七尾が高速道路で直結し、車での来訪者は増加すると考えられます。しかし、七尾インターチェンジが郊外部に設置されるため、通過交通となり港湾部まで観光客が来ないという可能性もあります。これまで以上に施設の魅力を高めるとともに、中心市街地との連携やイベントの共同開催など七尾市全体としての対応が必要となります。これこそ官民連携が力を発揮する時です。

北陸新幹線金沢開業(平成27年3月予定)や東海北陸自動車道七尾開通を活かして、七尾市の魅力の発信と地域産業の核となることに大きな期待が寄せられている能登食祭市場です。

*脚注がない写真は、能登食祭市場ホームページより引用しました。

2014年1月 1日 08:00